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アトリエ時代、石膏デッサンを描くときには、
必ず途中で何度か席を立って、
少し離れたところから自分のデッサンを見るように言われた。

いわゆる客観視。

デザイナーになって15年経った今も、
そのことを時々思い出す。

仕事上で必要な客観視は2つ。

1つはビジュアルの客観視。

ビジュアルにおける客観視の
最も簡単な方法はプリントアウトすること。

画面上だけで作業していると、
だんだん麻痺してくる。
色も画面上はRGBでとてもキレイだし、
レイアウトも整って見える。

しかしプリントアウトしてみると、
途端に現実をたたきつけられる。

色は冴えを失い、
レイアウトや文字組みの粗が見えてくる。

自分で自分に赤字を入れて修正を施す。

そして最近発見した、
ビジュアル面におけるもう一つの客観視の方法は、
デザインをPDFにしてメールに添付してみること。

メールの文面を書き、PDFを添付してみると、
文面からの流れでデザインを見ることが出来るので、
相手の目線で冷静にデザインを見ること出来るのである。

添付したPDFを破棄して、
デザインを修正したことが何度もある。


そして、仕事上で必要なもう一つの客観視、
それは思考の客観視。

デザインはおそらく、
“どういったデザインにするか"を考えるより、
“どういう考えでデザインをするか"の方が大切だと思うのだが、
そのためには思考の客観視が必要である。
(コンセプトとは違う、もっとスタンス的なもの)

Macの画面に向かっていても思考は客観視できない。
ノートを広げてエスキースをしていても、やはり客観視はできない。
打合せをしているときなどは、いかにも物事を考えていそうだが、
実際には会話の反射神経で成り立っていることがほとんど。

仕事中は、意外と思考停止状態なのだ。

思考の客観視をするには、
“仕事中"というもっともらしい時間の流れから降りなければならない。

そしてそういう意味では、
24時間仕事のことを考えている必要がある。

OFFの時間は仕事のことを一切忘れるということも
とても大切なことだと思うが、
同時に、仕事のことを常に忘れないということも大事だと思う。

それは義務などではなく、自然とそうなる。

デザインが上手くいっていないときはそのことが頭から離れないし、
酒を飲もうが、友人と騒ごうが、それは一時の現実逃避にしかならない。
仕事のストレスは結局仕事でしか晴らせないのだ。

そういう訳で、今進めている仕事も、
なかなか客観視が出来なくてもやもやしていたのだが、
さっきシャワーを浴びているとき、急に頭の整理が出来た。

今夜はぐっすり眠れそうな気がする。

2010.09.17 Time is money #2
時間には価値がある。

お金を払って時間を買う例はいくらでもある。

特急電車の特急料金や、飛行機の直行便、
速達や、Amazonのお急ぎ便、クリーニング屋の特急仕上げ。

いずれも時間を売っている。

しかし、この業界にはその概念がない。
(同じような業界は他にもたくさんあるかもしれない)

実質的に強行スケジュールや休日作業を強要されても、
そこに何のインセンティブも発生しない。

デザイン制作会社であれば、
デザイナーには、時間外手当や休日手当が出るかもしれないが、
業務自体にはそれに該当する料金は発生していない。

これって、おかしくないだろうか。
(そういった仕事を受ける受けないという話ではなく、
 そういった概念がそもそも無いのがおかしいという意味)

直近にそういった事態が発生したとかで
感情的に書いているわけではなく、前々から思っていたことだ。

スケジュール的に、深夜・徹夜作業、休日作業が必要な場合、
インセンティブが発生すれば、少なくとも精神的な負担は減る。

定量化しづらい業務内容だから難しい問題ではあると思うが、
デザイン従事者の人たちは、その辺りどう考えているのだろう。

誰かが言わない限り何も変わらないと思うが、
こんな時代だから誰も言い出せないような気もする。

でも、時間は人生において何よりも価値のあるモノ。
個人的には、今すぐ口に出さずとも、常に心に留めておくべき問題だと思っている。
こないだ法務局に行ったら、
裁判員制度のポスターがあった。

それは、相田みつをの言葉を配しただけの
シンプルなポスターだったのだが、
そこにはデカデカと、

「その時自分ならばどうする」

と書いてあった。

思わず心の中で「おいおい」と突っ込んでしまったが、
そう言われたところで当事者のこちらはどうすれば良いのか。

何の解決にも提案にもなっていない、
疑問を疑問で返す、
何となくそれっぽいだけの意味不明ポスター。

ダメだなぁ、お役所。
辛いなぁ、作らされたデザイナー。


mitsuwo
先日作ったパンフレット、
お客さんがとても喜んでくれた。

ちょっとした知り合いだったので、
通常料金の半分ぐらいでやった仕事だったが、
こういう声が届くと、やってよかったと思える。

独立して以来、お金を稼ぐことはもちろん重要だが、
やっぱり人に喜んでもらえることが何より。

いろいろな人と仕事をしていると、中には、
データを渡したらそれっきりみたいな仕事もある。

後から聞いてみると、「無事完成しました」と言われる。

こちらとしては(色校すら見てないんだけど…)と思うし、
せめて完成したら、御礼とは言わないまでも、
完了報告ぐらいしてくれればいいのにとも思う。

ま、御礼が言われたくてやってるわけではないけど、
そういった一言があるだけで、
すっきりとした気持ちで仕事が出来るのも事実で。

仕事の基本と言われる「ホウレンソウ」、
報告・連絡・相談。

自分も大切にしなければ。

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デザイナー米、続々
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グラフィックデザイナーがパッケージをデザインしたお米が、
次々と発売されている。

「美少女、武将…「米袋」イメージ一新 若者の消費拡大に一役」

五十嵐威暢さんの「ゆめぴりか」
佐藤卓さんの「おぼろづき」
佐藤可士和さんの「伊丹米」
佐野研二郎さんの「つや姫」

限定パッケージだが、原研哉さんの「岩舟米」というのもあった。
さらに、藤掛正邦さんによる「ひとめぼれ」もある。

どれもデザイナーの個性が出ていて(と言うのは失礼かもしれないが)、
素晴らしいと思う。

若者をはじめとする米離れを食い止めるための戦略のようだが、
気になるのは、美少女イラストの「あきたこまち」が爆発的に売れたということ。

このイラストを描かれた西又葵さんを非難するつもりは全くないのだが、
(Wikiによれば、ジョージ・ルーカスの依頼により、スター・ウォーズ記念画集に参加する全世界100人のイラストレーターのうちの1人に選出されたほどの方らしい)
日本の若者が食い付くのは、所詮アニメとマンガなのかと思うと寂しくなる。

前にも書いたかもしれないが、
愛・地球博のシンボルが、大貫卓也さんの作ったかっこいいマークから、
子ども向けのキャラクター“キッコロ・モリゾー”に変わったのには本当にガッカリした。
(ついでに言えば、ロゴタイプも酷いものだった)

アニメとマンガは、日本が世界に誇る文化だというけど、
最近の萌え系アニメと“何でもかんでもキャラクター”的な流れには
どうしても馴染めない。

お米のパッケージに美少女イラストを採用した、
JA(?)のアイデアはとても面白いと思うが、
それがバカ売れしているという現状を聞くと、
日本文化の未来に一抹の不安を覚えずにはいられない。

キャラクターで行くなら、せめてディック・ブルーナみたいに
品のあるものが売れてほしいと思うのである。




↑五十嵐威暢さんの「ゆめぴりか」。“ぴりか”とはアイヌ語で“美しい”の意。



↑佐藤卓さんの「おぼろづき(八十九)」



↑佐藤可士和さんの「伊丹米」。取っ手やチャックが付いたパッケージ。




↑佐野研二郎さんの「つや姫」。ウド鈴木が宣伝部長やってました。

by tbm18363 | 2009-10-14 01:01 | デザインについて